真言密教―信仰、修行への道(河原龍靖)
 
第8部 日本神道について
前回、お二人の先生の解説をご紹介しました。日本神道の根源の神と私は個人的に考えております。(天之御中主神)の解説を何度も読み返しますと、古代日本人の感性は非常に澄みきっていたと思います。まさに宇宙の真理を体得された。仏教的に言いますと、覚られた人々が多く居られたのではないかと。

ここで、私が神秘体験で拝した伏見稲荷様の使いとされる光り輝く(白狐)が、早朝理趣経勤行の為、本尊様に尊跨(そんこ)の姿勢をとったその時、密壇両脇机の前に(白狐)が2体、互いに向き合って出現し、私のほうに顔を向けたのです。目は赤く実に不思議な体験でした。このときの(白狐)の純白あのような光り輝く純白の毛並みは、この世ではあれから20年経過しましたが今もってみたことがありません。正に神の使いのみ持つ威光ではないかと。

この体験にいたる経緯を記してみたいと思います。私の神秘体験から日本神道の大変に高い威徳力のある霊性について話してみようと思います(45歳の時)。

高野山真言宗に僧籍を転派し密教僧として宗教活動できるようになり大変喜んだのですが、その頃住んでいた家は、元大工小屋を改造したそれは安普請の家でした。(後にトワイライトゾーン誌に報道され訪ねてきた信者さんが「何だここは寺ではなく小屋だ」といって帰ってしまった人もいました。)
6畳間に密教壇を荘厳し宗教活動を始めました。その頃も等々力不動尊のお滝行には行きました。ある日、行を終えて本尊様に合掌しているとき、心の耳に(現代は広告の時代である。お前がいくら修行をしても人は来ない。)と諭されたのです。さて、そうはいわれてもどうしたものか、思いあぐねていますと、ある日ふとした縁で重症の病を祈祷し、大変良い結果を得られた方がお礼参りを兼ねて来られ、あなたのような方は、この雑誌に広告を出されたらと(トワイライトゾーン誌)を下されたのです。みたこともない雑誌で、霊能関係の専門誌のようでした。そこで一番安い広告欄に1行(真言密教加持祈祷いたします。)と広告を出したのです。
その反響は、九州の40歳の男性から長年のひどい偏頭痛に悩むことについての依頼があり、2ヵ月の遠隔祈祷でこの男性の悩みは解消されたのですが、祈祷依頼はこの方1人で広告代の差し引きは0でした。なんだ、だめか。
しかしここで不思議が起きたのです。

実はトワイライトゾーン誌に広告を出す半月前の10月初め、東京杉並区の京都伏見稲荷分社に、信者さんの案内で参拝していたのです。神官さんは大変丁寧にお払いして下さり、お神酒も3度、立派なお札をくださり、私の密教壇に安置した翌日早朝の般若理趣経勤行のとき、前記しました光り輝く(白狐)が出現されたのです。
広告効果はなく、がっかりしていたある日、心の耳に(来年梅の花の咲く頃)とひと言お言葉を聴いたのです。何のことだろうと思いました。
10月20日を過ぎ、突然電話があり、私はトワイライトゾーンのレポーターです、あなたの寺を取材したいと思います。12月初め、ご都合はいかがですか。
私は、取材は大変ありがたいのですが、私のところは寺といえるところではなく大工小屋を改造したところで、全国誌に報道されるにはどうかと思います。と答えました。

レポーターは、私は密教寺院を多く取材しておりますが、あなたのようなところこそ本物だと思います。大丈夫です。それでは12月初め伺います。

約束の日、若い女性を連れてこられ、写真など丁寧に取材され、この本は来年2月中頃出ますと告げて帰られました。来年2月中頃、あっと思いました。
果たして翌年2月中頃、庭に白い梅の花の盛りの頃、トワイライトゾーン誌が届いたのです。少し興奮して開きました。多くの写真入りで5ページに何と(奇跡を顕す密教僧)として紹介されていたのです。

驚いたのは2~3日後から全国の、それは多くの方から祈祷依頼が寄せられたのです。それ以後、私の寺は年ごとに興隆し、後に現在の小さいながら祈祷寺としては申し分ない寺建立まで完成することが出来ました。

思いまするに、伏見稲荷さんのご守護により神様は人を動かしてくださり、私が若い頃から研鑽していた密教加持祈祷が実践できるよう、お力添えして下されたと考えております。

神霊は存在すること、ご縁ある皆様に知っていただけたらと思います。