真言密教―信仰、修行への道(河原龍靖)
 
第7部 私の宗教体験による日本神道観
 私の神道体験の第一話は、霊夢に顕現した猿田彦之命の光り輝く白髭のお姿でした。その後、世田谷等々力不動尊でのお滝行により神秘体験を経て一大決心し、24歳の時、京都智積院にて密教阿闍梨位を取得し、これから本格的修行に努力しようとしていた矢先、26歳の時大波乱があり、寺を離れ市井の生活に戻ってしまいました。しかし私は、もともと誰かに言われて密教修行に入ったものではなく、師僧方に大誤解を受け私の宗教体験等一瞥もされることもなく、それでも等々力不動尊でのお滝行を継続し、日々、不断光明真言念誦行にも励んでおりました。

 37歳の時、早朝6時頃の夢の中、大光明を拝し、その後早朝4時頃の滝行中、法の体験境地に入ったことを自覚してから2~3年後のある日、修行中、空中高くからザーザーと空気を切る音を聞き、ふと空を見上げると古代日本人のお姿、耳元に丸めた髪、衣服の手首、足首はしばってあり、靴をはき、腰には古代のそりのない刀、雄々しいお姿の神霊が空中3mほどのところにとどまり、威厳のあるお声で「我は○○の命である。今日よりお前を守護する」とのお言葉をはっきり聞いたのです。あまりの奇跡に身がふるえる心地でした。茫然と神霊を拝しておりますと、すっと空中高く姿をお隠しになりました。
 これを読まれた方は、そんなことありえないと思うかもしれません。しかし密教法の境地に入りますと、天眼通「時に霊界の霊や神霊のお姿を見、また会話する能力」を経験することがあります。今日よりお前を守護するとお言葉がありましたのは、訳があったのです。

 その数ヶ月前に智山派のある和尚さんに偶然お会いし「お前さんは現在、何の仕事をしているのか。若い頃、君は非常に熱心に修行していたのを私は知っている。私が寺に戻れるようにしてあげよう。私の寺に助法に来るように」と言われ、私は大変喜び、そのようにしておりました。後にも「お前は44歳の時、寺に戻り活動できるようになる」と空中に声を聞き、日々の修行に努力しておりました。予告どおり44歳の時、高野山真言宗に転派して密教層として宗教活動できるようになりました。

 河原家は江戸時代より高野山真言宗岡山県美作法福時の檀家であったのが幸いしました。私は数百年以上前よりお大師さまにご縁があったのです。最近知り合った、長年新聞記者を勤めた方から「貴方の著書に20年放浪生活したことを記述されていたが、それは神佛にどのような困難に逢っても信仰は捨てないとの試練を受けたのでは」と言われました。私もそのように思っており、今後も一生密教修行に尽力する決意です。

 次の回は密教僧として活動を始めた頃に住まいは大工小屋(物置)を改造した家の中に密教壇を安置して努力しておりました。経済は大変困窮状態。ある日、東京にある伏見稲荷分神殿にてお払いを受けた翌朝、密教壇両脇机前に光輝く純白の白狐が左右二対出現された奇跡の後、猛烈なといってよいほどの経済力を与えられたことを紹介してみようと思います。