真言密教―信仰、修行への道(河原龍靖)
 
第6部
 弘法大師により、唐から伝えられた密教は大師により完成され、宗教、真言宗として確立し1200年の時を経て、現在に至っている。
真言密教の学問的教理の解釈は非常に深遠にして難解である上に、厖大な御経文があり、又その教義に基づく行法、印、真言も複雑なものが多く、私のように一般家庭から密教僧となり、寺もなく、修行する密教壇・法具等もなく、この身以外何一つ持たぬ者は、何を目標として修行すべきか。この問題に答えを与えて下されたのが、先に記しました
我即大日…凡体即佛
の深い意味をよく了解して一心に修行するならば、老若男女を問わず密教の悟りの門に至るとの御大師様のお言葉と。

新義真言宗(智山派,、豊山派)開祖、覚バン上人興教大師の五輪九字明秘密釈の中で、一印、一観、一明を了解し深く信じ、専心に修行するならば、悉地(シツジ)、密教の覚りの境地に入れると、この両祖大師様の御教えに着目しておりました。

この御教えによる行法に真剣に取り組む必要が出来ました。それは、30才の時、過労による悪性眼病・緑内障を患い、当時の国立病院眼科主治医先生には、「現在の治療ではこの病は完治せず、君の場合は悪性もひどいので将来失明する確率は高い」と告知され、現代医学にて治癒しないのであれば、何か悪因縁による影響もあるにちがいない。たとえ失敗に終えようとも、悪因縁を解消する決意をして、専心光明真言念誦行の生活に入ったのです。

その他、24才の時、京都智山派総本山智積院在山中、ある日上野頼栄大僧上、宗務僧長様に宗務僧長室に呼び出され、「お前は等々力不動尊で滝行に努力して、本山に登ったこと聞いている、お前によい行法を伝授しよう。これは京都狸谷不動尊で密教僧達が修行している、密教に基づく滝行法である」と十字秘法と密教に基づく入瀧(にゅうばく)作法を授かったのであります。
何とその入瀧作法は(我即アビラウケン・我即大日)の深秘の法を中心とした、非常に簡潔な行法であったのです。「本山より帰ったら、この法でお前は一心に修行するとよい」と今も宗務僧長様のお声が心に残っております。

光明真言念誦に専念する日々の中、時間を作っては世田谷等々力不動尊の御瀧にて、もっぱら深夜から早朝にかけて、瀧行を修しておりました。
そんなある日、瀧行法を終えて脱衣場にもどる時、『空中にこの行法だけでも成佛出来る』とのお言葉を心の耳に聞き、(早朝日の出前の時刻で私以外誰もいない)素晴らしいお言葉をいただいたと一人喜ぶ日もあり、当時の私は世間の仕事重労働を共うにより、得られる収入で家族の生活費を稼いでの修行の毎日でしたが楽しく努力しておりました。

4~5年を経過し、光明真言数百万回も念誦したと思う頃、早朝、夢の中で大寺の内陣の奥から紫の法衣、威厳のある立派なお坊さんが数十人の黒衣の僧達の間を通って、私の前に立たれ(私も黒衣の姿)、『お前は肉食をしているので(法が成就しない)これより先は肉食を断つように』との不思議な霊告を受けたのです。

さて、これには困りました。日々重労働を共う仕事をしておりましたので、すぐには実行といかない。しかし、あのお坊さんのお言葉は忘れられない。そこで、意を決して肉体的に軽い、収入も倍近くなった仕事に転職し、ただちに肉食を断つ修行に入ってより半年を過ぎる頃、早朝、夢の中で大光明が眼前に顕われ、まるで真夏の太陽を小さくして眼前に持って来たごとくの強烈な大光明を拝したのです。
夢の中でこの様な強烈な光を凝視していたのでは、自分の眼底は焼き尽くされ、完全失明するのではなかろうかとふと思った時、目覚め、『何だ又夢か』。しかし、あまりにも強烈な光明を拝した数日後、緑内障を患った目には異変が起こっていたのです。

それまでは、1ページの文字を読むのに大変な苦労、焦点が合わないので、無理をして読むとひどい頭痛に悩まされ、子供達が楽しそうにテレビを見ているそばで、私はチラッとしか見ることが出来ない。『この目の状況からは一生ぬけだせないのでは…』と半分あきらめかけてここ数年生活していたのですが、その日の夕1時間近くもテレビを見ても目は何ともない。これはと思い本を開いて読んでみても、何ページ読んでも何の異常も起こらない。あっ、自分の目は治っている。あの大光明は大日如来による療しの慈光であったにちがいない。

4~5年ぶりに国立眼科の先生に依頼して緑内障の再検査をしてもらいました所、その時の先生は、「君には緑内障を患った痕跡等どこにもない。本当に昔緑内障といわれたのか?」との問いに、「確かに昔の先生の検査では悪性の急性緑内障で失明する確率が高いと言われました」と答え昔の検査データを見られた。先生は、「なるほど確かに緑内障を患っていたようだが、現在の君の眼底は君と同年代の人よりはるかにきれいだよ、安心しなさい。君の眼の病は完治している」との御返事に御佛様の偉大な御力に大いに感謝したのであります。

ここで私の密教修行体験にはよく、夢によるお告げの話があるのですが、昔インドの密教僧が新弟子の資質をを見るのに、その夜の夢により重要な判断をしたとのお話があり、又、元高野山大学学長先生が(夢の事)のことを取り上げられ、『高野山の管長様の選出に、選挙の他に夢による判断も取り上げられたらよいと思う』と密教講伝の中でまじめに談話されていましたこと等により、密教修行中に体験される夢のお告げは重要な意味があると思うようになりました。

このお話を少し続けます。大光明を拝して数日後、まだ暗い早朝の瀧行中思わず口から(我金剛身を成就せり)と発し、ふと前を見ると空中高い所に満月のお月さんが煌々と輝いている。『ああー何てきれいなお月さんだ』、とみとれていたが、ふと我にかえってお瀧から出、脱衣場に向かう時、さきほど見た満月の月のあたりの空を見上げたのですが、ほんの数分もたっていないのにもかかわらず、お月さんは見えない。『変だなーあの輝くお月さんはどこへ移動したのか』、はっと思いつきました。数年もこの瀧場で修行しているが、早朝のあの時刻、先ほどお月さんを見たあたりに月は現れたことはなかった。これは瀧行中私の心眼に影じたお月さんではなかろうかかと。

さて、その数日後の早朝の夢に、深山の杉木立の中、手に六尺あまりの錫杖を持ち、旅僧のお姿で、あじろ笠、足元からは霧が噴煙のごとく舞い上がる中に立つ、目の非常にすみきったお坊さんを拝しました。目覚めて、『あのお坊さんはお大師様では?』。この時夢に見たお姿と、そっくりの画像のお姿を数年後、高野山参拝のおり、宝物館玄関に飾ってあったのを見て、やはり夢に見たお坊さんはお大師様であったと、再度感激したのであります。
それまでの私は貧しく、数度しか高野山に登ったことはなく、あのお姿も見たことはなかったのであります。

その次の早朝、今度は、木立の中、五条袈裟お姿の立派なお坊さんが、御身の囲り1mくらいは白色光の光に包まれておりまして、私も不思議に僧衣着用(その当時、昔の師僧の先代様と大衝突して寺を離れており、僧衣着用することは禁じられていたのです。)蹲踞(そんこ)の姿勢で礼拝合掌していたのです。
そのお坊さんは20代の時、密教僧になる機縁となった尊いお姿をお示し下された、覚バン上人興教大師様であると、目覚めて感涙しました。

2日続けての両大師様のお姿を夢の中ではあれ拝したことは、瀧行中思わず(我金剛身を成就せり)と発した言葉、これは密教五相成身観第四の尊い境地に達したことを、両大師様は『お前は真実法の体験境地に入った』と、世間の仕事をしつつ努力する私を励まして下されたと心得た次第です。

法の体験境地、一行阿闍梨の大日経証悉地出現品に説かれています。(神通体験の境地)(天眼通、天耳通、他心通、宿命智通、神境通、)に入っていたのです。皆様には神通て何?と思われると思います。当時の体験の一つを紹介してみましょう。

私の上の娘がその年の春一年生になると喜んでいた年の始め、義母に正月の挨拶に行った折、娘と同じ年の孫の○○ちゃんが、昨年の秋頃からたびたび当時の病名でてんかんを起こすようになり大変なことになったと涙を流している姿に『気の毒なことだな』と、同情の気持ちはあったのですが、自分にはどうすることも出来ないことだ程度にしていたのです。

その後、春の瀧行修行を終え、その頃密教の一字真言ア字観もさかんに修行していた。ある日ア字本尊(別図に示す)の前に着座し、数息観に入ったときふと甥っ子の○○ちゃんの事は、何の原因でてんかん等起こすようになったのであろうかと思った瞬間、金色で描かれた梵字のア字本尊様が消え、別図に示す月輪の奥深くまで数にして数百羽はいたであろう、首を折られてねじられたニワトリがばたばた断未魔の苦しみもだえている映像をカラーテレビを視る如く凝視していたのです。


その中には息たえ足を開いたり閉じたりしている姿もあり、『ああー何てことだ』との思いと共に我に帰り、ア字本尊様は元の梵字にもどっていた不思議な体験をしたのです。あまりに鮮明なカラー動画でしたので、この事を数ヶ月後、義母にお逢いした折りに、あるがままに体験したことを話したのです。
とたんに雷が落ちました。義母は激怒し「家(うち)にはお前が言うようなニワトリの首を折って数百羽も殺すような事をした者は誰もいない。何というでたらめを言うのだ」。私は這這のていで帰りました。うっかりしたことは云うべきでないなとつくづく反省し、今後は二度とこの様なことのないようにしようと決心したのです。

ところが数年後の正月、親戚一同が集まっている席で、義姉が立ち上がり「母から聞いたのですが、河原さんが長男○○ちゃんのてんかんの因緑はたくさんのニワトリの首を折って殺した、殺生の罪であると言ったそうですがそれはほんとうに私の実家であったことなのです。私の父は、戦後肉屋さんを開業し、当時は冷蔵庫はなく、生きたニワトリを仕入れて、その日午後、庭で首を折りねじって次々と殺し、私は死んだ鳥をお湯の中に入れて羽をむしる手助けをしていたので、よくその時の様子は知っています」と、「河原さんが母に言われた事は全くの事実として、私の実家であった事なのです」と証言して下さり、嘘ではなかった、佛様の示されることに嘘があるはずがないのですが、ほっとしました。

不思議に甥は、20年以上薬の服用を必要としていた事も解消され、その後てんかんは一度も起こらなくなっていたのです。これは大日如来加持力の働きかけで、私に宿命智通(過去何をしたか明らかにする通力)を働かせ正確にカラーテレビ映像の如く示されためずらしい体験です。

結びの言葉

以上、私の若い頃の体験を中心に書いてみました。これを読んだ方で、自分も密教信仰してみようと志し、一般世間の生活の中での密教信仰はなし得ると私は断言出来ます。何もプロにならなくとも、御自分の因縁解消とか頭脳明晰、集中力向上、運勢向上には、充分効果あります。
我即大日…凡体即佛の深い意味を理解出来なくても、深く信じ、真言念誦の信心を持ちますと、真言そのものが御佛様の深い悟りの全内容を含む神秘霊妙な佛様の言葉ですから、深く信じ念誦する人の上に神佛の霊徳が加えられるのです。私はこの事に期待して、少し長い体験談を記してみました。