真言密教―信仰、修行への道(河原龍靖)
 
第5部

 真言密教に感心を持たれる方は弘法大師の提唱された即身成佛は佛陀釈尊お釈迦様の成道に源を発すること人類史上初めて父母生身(父母より生まれたこの身このままに)佛陀としての聖なる尊体を実現された御方はお釈迦様であることを理解しておく必要があると考えます。
 弘法大師の真言密教成立以前に我が国に伝来していた仏教(奈良仏教)は三劫(さんごう)成仏(じょうぶつ)(我々人間は三劫、無限に近い長年月それこそ生まれ変わり死に変わり佛道修行してついに成仏する人あり、又退歩する人あり)との教えが主流であったようです。
 弘法大師は奈良仏教の説く三劫(さんごう)成仏(じょうぶつ)論に対して疑問を持たれ、東大寺の大仏殿に二十一日間参篭(さんろう)し、(我に不二(この上になき真実の法)を示したまえと祈られた)
その祈りに、汝の求める法は大和国久米寺の東塔にありとのお釈迦様の霊告があり、大和国久米寺東塔内にて秘密経典大日経七巻を発見されたのである。
大日経こそ大師の求められた、
生あるものがそのまま佛の位にのぼる教え、
生命の宗教、実践の哲学が説かれていたのである。

その頃の我が国仏教界には密教に通じる師は皆無であった為、大師は密教を極めるため延暦23年(西暦804年)入唐され、唐の青龍寺、密教大家、恵果和尚(けいかかしょう)お会いし、恵果和尚は大師を一目見てその非凡なるを見抜き、
(われ先にあなたの来るのを知り待つこと久し、いま相見る大いによし、今日まで法を受けつぐ人なし、われ余命いくばくもなし、早く秘密壇に入るべし)と申され、
真言密教、金剛、胎蔵、両部の秘法を全て伝授されたのである。

大師の天才をうかがう伝記として

密教最高の法を伝える伝法(でんぽう)灌頂(かんじょう)の儀式、金剛界、胎蔵界の秘密壇上の曼荼羅に花を投げ自らの本尊佛を得る儀式で大師の投げた花は全て本尊大日如来様にきずなを結び恵果和尚も\r
その奇縁に驚かれ、遍照金剛の称号を与えられた。
大日、金剛、竜猛(りゅうみょう)、竜智、金剛智、不空、恵果、空海(弘法大師)と密教伝法の八祖となられたのである。
当時、千人を数える恵果和尚の弟子の中で異国人である大師に密教の正統を譲られたことは驚異であった。ここに大師の非凡さがうかがえる。
帰朝された大師は膨大な秘密経典を整理、研鑚され、平城天皇大同元年(807年)真言密教(真言宗)の立教開宗を上奏され、
生ける人間の姿そのままで仏になる教え、
一人一人の持てる生命は御仏の生命そのものを受けていることでありこの血は湧き躍動する身体を最大限に発揮する動きの宗教、真言宗を立教開宗されたのである。

即身成仏の実証

弘仁四年、嵯峨天皇は真言、天台、南都六宗、これら八宗の高僧を宮中清涼殿に召されて各宗の根本教理を聞かれたのである。
多くの高僧たちは仏教の哲理を述べるのであるが、すべて成仏の経路は三劫成仏で長い年月を要する未来成仏を説くのであった。
ただ一人お大師様は
「まず人間は実の如く自心を知らねばならぬ、自心の源底を知るものは仏の心を知るものである。仏の心を知るものはすべて衆生の心を知ることが出来る。世の真理をさとり、これと合一することによって生ける肉身そのままで、仏になることができる。それは、仏の身、語、心、の三密と人間の身、語、心、の三業とが一致相入する境地である。人間が仏の知恵を求めて、仏の心を持ち通せば、父母より生まれたこの身体で速やかに仏の境地を実現できることが出来ると、深くて速い成仏の経路を経文に基づいて説いたのである。」
しかし、各宗の高僧たちは初めて聞く教えに疑いを持ったのである。お大師様は手に印を結び、口に真言を唱え、心は三昧に住する、三密の妙行、即身成仏の姿を直ちにお示しになったのである。
これこそ大日経に説く、人法不二の絶対境地、人と法が一体不二となった(我即大日)の姿だったのである。
身はたちまちに金色の大日如来となり、光明を放ち、座はそのまま八葉の蓮花となる。
七宗の大徳たち驚きて皆礼拝すと、又嵯峨天皇、玉座より下がって礼拝されたと。
即身成仏の妙相を示されたこの時、説かれたのが即身成仏義一巻として残っている。
即身成仏の妙相についてはかの仏陀釈尊が成仏の妙相を示された時、御身は金色の光明を放ち、国王大臣もその足元にひれ伏して礼拝されたとあります。
ところで、密教学者の中では、この様なことは非現実的でありえないことと一蹴されている意見もありますが、私は宗教的にその様な奇瑞はありうると確信しております。