真言密教―信仰、修行への道(河原龍靖)
 
第4部
 一般社会生活をしておられる人々の中で(日本神道 密教 一般仏教)等の宗教に信心を起す人が一人でも多く増えることをいつも願っております。
市井の生活で一生涯に二百五十六万巻般若心経を読誦され、大変に深い宗教神秘体験を得られた小原弘万先生のお言葉で(佛は貴方一人の為に法を説かれた)含蓄深い言葉を記憶しております。
私自信一密教行者として市井の生活の中で密教生活(宗教生活)はなし得ると長年月の体験から確信を持って断言できます。
今日は御祈祷ドットコムに縁ある方の為に紹介したい書物があります。
近世、真言密教教学の権威者として極めて大きい足跡を残された、拇尾祥雲博士により広く一般の人々にたやすく、その内容を知らしめたい、との願いで刊行せる現代語の十巻章と解説(密教重要論文集)の中で弘法大師の最重要論文とされる即身成佛義の解説、重要部分を紹介したいと思います。
貴方の信仰心向上に役立てばと考えます。

○即身成佛義 本書の主題

本書の主題はいうまでもなく即身成佛ということである。この即身成佛の道はわが弘法大師によりて完成せられたのであるけれども、その由来するところ極めて古くそれはまった釈尊(お釈迦様)の成道に遡(さかのぼ)ることを得るのである。
いまを去る二千五百有余年前、印度迦毘羅(kapila)城の主、浄飯大王の長子として生まれたる釈尊が六年苦行の後、摩掲陀国(マガダ国)における尼連禅河(ナイランジャナ)の辺り、伽耶(ガヤ)(Gaya)の畢波羅(ピッパラ)樹下に端座思惟して、臘月八日明星東にあらわれるころ、豁然として大悟し、無上正等正覚を体得して仏陀となられたのである。
これが釈尊の成道であり、成佛である。この釈尊成道の内容たる無上正等正覚とは何かというと縁起の法の体得にして、釈尊はしばしばその弟子「たちに対し、縁起を見るものは法を見、法を見るものは我を見る」という。また「縁起の法はわが所作にあらず、また余人の作にもあらず、しかもかの如来が世に出ずるも出でぎるも、法界(まことによ)は常住である。かの如来は自からこの法を悟りて等正覚を成じ、もろもろの衆生の為に分別し演説し開発し顕示す。いわゆるこれあるがゆえに彼れあり、これ起るがゆえにかれ起る」等といわれている。
つまり宇宙に存在するものは何一つとして孤立せるものはなく、一つ一つが、直接もしくは間接に他の一切のものと関連して、密接不離の関係のもとに一体として生きている。
これを身につけることが縁起の法の把握である。もしこの自己の個体を中心としてみるとき直接もしくは間接に自己を成立せしむる因となり縁となっているものが、周囲をとりまきその環境をなしている。その中心と周囲とが一体となって生きているのが本当の「われ」であり、自我の内容である。
かの「華厳経」に如来の一つの毛孔を観じ見るに、あらゆる衆生はことごとくそのうちに入り、しかも衆生に往来のおもいがない」といゝ、また「大日経疏」にただ一事の真実にして空しからざるものがある。それはすなわち我である。その我れとはすなわち法界(あめつち)である。」というのもこの縁起の法の展開にほかならない。
さらに大師はこれを徹底的に考察し、これを時間的にいっても、空間的にいっても、因に因があり、縁には縁があり、因縁所生の法にも因縁が連続してきわまるところがないから「因もこれ法界であり、縁もこれ法界であり因縁所生の法もまたこれ法界なり」といっている。
この縁起の法を究極にまで展開せる「われすなわち法界」の思想が即心成佛の基盤になっているので、この肉身そのままが宇宙にして、その宇宙の本質たる永遠を流れる生命に合一して永遠を無限をいきるところに即身の成道があり、成佛があるのである。
おもうに、因縁によりて生じたるものが因縁によりて亡びゆくことは、縁起の法の一面であるけれども、その縁起はつまり全一としての宇宙の動きであり、永遠を流れゝ生命の様相に過ぎないのであるから、この亡びゆく肉身を通じていつまでも生きたいとの憧(あこがれ)があり、その憧れのあるところに全一としての宇宙があり、永遠を流るゝ生命が躍動しているのである。
この無限生命のほとばしるところ、それが無限をあこがれる求道心、すなわち菩提(ボダイ)心となり、その菩提心にうながされて菩提(サトリ)の行を修し、ついに永遠の生命に合一して無限を生きることになる。それが即身成佛に他ならない。されば釈尊に源を発せる縁起法の根本的把握が大師の即身成佛にしてそれは釈尊成道の真精神を生かしたものといってよいのである。

拇尾祥雲博士の論文は、密教、佛教を学んだ方には理解して頂けると思いますが、一般の方にはまだむずかしいと思う人もいると思います。
(我すなわち法界)(この肉体そのままが宇宙にして)一言で密教(佛教)哲理の中心を表現していると私は思うのです。
肉体そのままが宇宙にして・・・・・・
この深い宗教神秘体験から発せられた真理の言葉を理解するに、大学者 拇尾祥雲博士の論文に何か書き足そうなどの恐れ多いことなど一切なく、参考文として読んで頂ければなるほどと思われる、現代科学者による研究論文があります。
我が国の最先端遺伝子工学の第一人者、筑波大学名誉教授、村上和雄博士の言葉に「私は神様の働きを遺伝子暗号の中に見た。2000億分の1グラムに30億字。」の論文があります。参考に読んで見て下さい。私達の肉体の持つ絶妙な神秘が理解できると思います。

遺伝子は分子で書かれた設計図
私たちの体は膨大な数の細胞からできています。その数は、体重六〇キロの人で約六十兆個といわれています。しかし、元はといえば。たった一個の細胞(受精卵)から始まったものです。それが細胞分裂を繰り返すうちに、皮膚になったり、目や耳になったり、あるいは爪や髪の毛になったりするのですから、考えてみれば実に不思議なことです。
一つの細胞の中心には核があり、その中に遺伝子があります。そこには、四種類の科学の文字で暗号が書かれています。この暗号は、体の設計図とも言えるもので、すべての細胞に同じ暗号が組み込まれています。しかし実は、爪の細胞は爪に必要な部分、髪の毛の細胞は髪の毛に必要な部分だけがスイッチ・オンになっていて、その他全部オフになっているのです。

神様の働きでなければ、何?
ヒトの遺伝子暗号は、約三十億の科学の文字からなっています。三十億の文字というのは、千ページの本で千冊くらいの量です。いま、この遺伝子暗号を解読しようという「ヒトゲノム計画」が進行中です。そして一年後には、すべての解読を終えようとしています。これは、すごい時代を迎えているわけです。これが読めると、私は医学や医療が大きく変わると思います。
しかし、私が遺伝子暗号を読んでいて思ったことは、暗号を読む技術もさることながら、そこに"書き込んである"ということのすごさです。三十億もの科学の文字が書かれている遺伝子の重さは、なんと一グラムの二千億分の一です。これは例えて言えば、一粒の米を世界の人口に分け与えたほどの小ささです。逆に言えば、世界中の人間の遺伝子暗号をすべて集めても、米一粒の重さにしかならないのです。
いったい、誰がこの暗号を書き込んだのでしょうか。これが人間業でないことは確かです。そこで私は、"神様の働きを遺伝子暗号の中に見た"という感動が起こったのです。「これが神様の働きなんだ」と。

カビひとつ作れない現代科学
この遺伝子の構造と原理は、すべての生物に共通しています。現在、地球上には二百万種類以上の生物がいるといわれていますが、大腸菌から人間まで、生きとし生けるものの暗号はすべて、わずか四つの科学の文字で書かれているのです。
大腸菌の遺伝子暗号は全部解読され、私たち科学者はそれを知っています。ということは、設計図がわかっているのです。どうやって部品をつくるかも、どんなエネルギーを必要とするかもわかります。ところが、それを寄せ集めても、生きた大腸菌は生まれません。細菌やカビひとつさえ、今の科学は、その材料からつくることができないのです。それくらい、"生きている"ということはすごいことなのです。
何十兆円のお金を出しても買えない、世界中の学者が逆立ちしてもつくれない、そういう素晴らしい体を神様はお貸しくださっているのです。そういう素晴らしいものを借りていることを理解して、そのことに感謝して生きる。
そうすると、私たちはイキイキと生きていけるのではないでしょうか。

そこで博士は「神の働きを遺伝子の中に見た」と感動され「神も佛もあるものか」と思っている人々でも神業(かみわざ)としか云えない生命の神秘をサムシンググレートを名付けれて自然の偉大な力『サムシンググレート』に私たちは生かされていると断言されておられます。大自然の見えざる偉大な力に感謝して生きる考えが世界に必要になってくるあろうと申されています。

私は村上博士は遺伝子工学研究の結果、宇宙の神秘を悟られた方と考えます。