真言密教―信仰、修行への道(河原龍靖)
 
第3部
 私は長年密教修行しております時、時々一般社会の大多数の人々は
素晴らしい神秘的力のある密教に縁を得て、自ら信心を得る機会は非常に少ないのではと思っておりました。

ある日、アメリカ映画「ホームアローン」のワンシーンで
六・七歳の少年が一人家族に取り残され夕食にピザを取って食事を始める時、
小さな手を合掌し天の神に感謝の祈りをして食事を始めるシーンに感激しました。
すばらしい祈りキリスト教国においては小さな子供一人の時でも神に祈ることが日頃から習慣づけられている。

私は個人の祈りの原点は食事等の生活習慣の中で天地の恵みに無心に神に感謝の祈りを捧げる。
その純真な祈りの中には宇宙の大いなる存在(神佛)への敬慕の念が込められている。
人間の祈りの原点がそこにあると考えております。
皆様はどうお考えですか。

生活習慣の中での平易な祈りであっても長年継続しておりますと、
一滴一滴落ちる雨だれが硬い岩に穴をうがつように確固とした宗教心に成長していくと
ましてや密教易行道の祈りでは私のホームページ体験談等普通ではとても信じてもらえない不思議が起こると。
密教易行道(一印一観一明)の教えに信心を得た方は
根気よく真言念誦行に励んでみてください。
私は一般の方は光明真言が良いと思いますが、必ず大日如来の祝福が貴方に与えられます。

ところで皆さんは神佛を信じる人間は弱い心の人間のすることだと
見下げた言われ方をされたことがありませんか。
私はこれはまったく逆だと思います。神佛を信じる人は宇宙の真理を確信した人ですから\r
人生上とてつもない困難が起こっても冷静に苦もなく突破する力が出てきます。
一方、全く神佛を信じることが出来ない人は社会的に相当地位の高い人でも\r
ちょっとした困難が起こると心に確固とした生命感がないから\r
自らの命を絶つ人もいるではないですか。
これは大黒柱の入っていない家と同じではないしょうか。

次の回には密教易行道信心して結果(悟り)を得るに大変大切で是非とも解釈していただきたいことがあります。
「凡体即佛」・・・「浄除一切蓋障三昧」
この二つの教えは非常に深い意味がありますので私の解釈できる範囲で紹介したいと思っております。