第13講/甑岳観音寺文書『御幣切方大事』より(その3)

『大日』
大日如来は湯殿山の本地仏です。出羽三山は月山に阿弥陀、羽黒山に聖観音を祭り、大日如来が鎮座する湯殿様は三山を統合する総奥之院とされています。湯殿山の御神体から湧き出るお湯は、梵字川、赤(閼伽)川に注ぎ、庄内平野に注ぎ田畑を潤し続けています。御神体は女性器を想わせるその姿から、胎蔵界大日如来であるとされ生産を司る作神としても信仰を集めています。


『大日』幣


大日如来は本尊として単独で修法する事はあまりないと存じます。それゆえ、『大日』の御幣は紹介される事は余りないのではないでしょうか。出羽三山では奥之院・湯殿山の本地仏として、この『大日』の御幣を用い篤く祀ったのでしょう。知々理は大日が中心から順に一、十、十、一、八、三、九、四、十です。

 
『大日』幣(原本より) 『大日』幣型紙

大日如来は本尊として単独で修法する事はあまりないと存じます。それゆえ、『大日』の御幣は紹介される事は余りないのではないでしょうか。出羽三山では奥之院・湯殿山の本地仏として、この『大日』の御幣を用い篤く祀ったのでしょう。知々理は大日が中心から順に一、十、十、一、八、三、九、四、十です。

『湯殿山大権現』

出羽三山の中で、湯殿山は秘処とされています。その御神体は一切の撮影が禁止されています。一部の本に心ならずもその姿が掲載されていますが、許諾を得ているとは思われません。あの松尾芭蕉でさえも「奥の細道」で「語られぬ湯殿にぬらす袂かな」と詠み、その神秘性を印象付けています。よってこの『湯殿山大権現』の御幣は畏敬の念を持って拝されていたのでしょう。

『湯殿山』幣

昔は種籾を湯殿山で祈祷した事実もあります。庄内平野の一部では、御幣を田んぼに立て豊作を祈願する風習もあります。知々理は中心から七、五、三、で、他は入りません。
 
『湯殿山』幣(原本より) 『湯殿山』幣型紙

和光院伝承『後祓い幣』

今回、許可を得て、山形県山辺町にある和光院が伝える『後祓い幣』を紹介します。和光院は代々本山系の修験の法流を伝える由緒ある祈祷寺です。羽黒を中心とした三山系の御幣を多く伝承しています。中でもこの『後祓い幣』は帷子梵天とよばれる独特な折り方をした御幣で、バン・ウン・タラク・キリク・アクの金剛界の梵字とドーマン、セーマンを順に縦書きにした紙を二枚に折った符を添えます。作法時にはこの御幣を散杖代わりに用いる事もあるという事です。写真のみの紹介となりますが、剣付きの四垂れの御幣で知々理は七つとなります。


和光院伝承『後祓い幣』

後祓いは、死者を出棺した後の家祓いで開眼し、以後忌み日となる四十九日間、この御幣を軒に挿します。その後は川に流します。後祓いについては、地域や行者によっていろいろな作法がある様です。前師匠曰く、出棺した家では茣蓙や箕の上に米を盛った一升枡を準備しておき、出向いた僧侶がその米に御幣を立て後祓いをした後、御幣を残し米は寺に持ち帰ったとの事です。御幣は同じ様に四十九日間祀り、その後は川に流すとの事です。