第6回

羽黒の峰中で、最大の宗教儀礼となるのが8月28日の深夜に執り行われる柴採護摩だ。修験の柴採護摩といえば、宝剣、宝弓、斧などの作法が繰り広げられ、火渡りの儀式が取り行なわれるのが常だ。しかし、羽黒の柴採護摩は先達衆がヘンバイを踏みながら、護摩壇の回りを見を翻しながら回る火箸作法が行なわれるだけだ。行者は法華懺法を唱え、護摩の火を背景に繰り広げられる、先達衆の特異な所作を見守る。
108本のブナの護摩木から滴る油が燃えるジューという音と、その護摩木を覆うツバキの葉がパチパチと爆ぜる音が漆黒の闇を切り開く様に響き渡る。
この柴採護摩は行者本人の自身供養だ。焼かれる護摩木は行者自身の骨とされる。さすれば、したたり落ちる油は自らの肉を焼く時に染み出る脂、爆ぜるツバキは髪が燃える音に重なり合う。先達が火箸を持って周辺を回る様は、遺体の焼き具合を見る付き人にも見えなくもない。
かつて斎場が無かった頃の火葬の様子を父から聞いた事がある。野辺に薪を積み遺体を乗せて火を付ける。肉に火が回ると、脂が染み出し、髪が焼ける音ともに、独特の匂いが漂うのだそうだ。炙られた遺体はやがて、踊りだす様に起き上がるのだという。その光景を目の当たりにした者は逃げ出す者もいたという。
火箸作法を行う先達が身を翻す動作は、行者の遺体が炙られる様なのだ。焼き具合を見ながら先達衆は、遺体が炙られる様を擬態する。行者達は自身の肉体が火葬される様を目に焼き付ける。こうして、行者は六道輪廻から解き放たれて行く。

 
漆黒の中で繰り広げられる採燈護摩 採燈護摩での火生三昧
 
「平成15年羽黒修験秋の峰」取材原稿(部分)より 

映像内容(要旨)
境内に揃う行者 

八月二九日未明。漆黒の境内に行者たちが居並ぶ。

導師その前で上気した導師が別人の如く厳しい表情をして立ち尽くす。
火生三昧
 
 

火生三昧の始まりだ。

白衣の中に松明の火を潜す。

赤い火に包まれる様はまさに不動明王そのものだ。

柴燈護摩 
松明作法  

この興奮は直ぐに柴燈護摩に引継がれる。

火が入れられた護摩壇

独特のリズムで修験懺法が響く中、護摩壇に火が入れられた。

火箸作法 

大先達が長い火箸で、地面を加持して邪を払う。

反閇
 

先達衆が反閇を踏む。
こうして地に潜む邪が封じ込められる。

燃え上がる護摩壇
 
 
 
 

あらゆる煩悩が炎で焼く尽くされる。

今、荒沢寺という胎内で成長している新しい肉体と魂にまとわりつく一切の業が焼き清められて行く。
また国土の災害まで焼き尽くすとされる事から国土安穏萬民快楽悉地成就の祈願とも呼ばれる。

舞い上がる火の粉無数の火の粉が一直線に天空に上る。
柴燈護摩を囲む行者
 
羽黒山伏は穢れ多い自分自身を自らの手で火葬すると共に1400年以上もこの日本を鎮護して来た。
柴燈護摩点描
 

荘厳な柴燈護摩に観客は一人もいない。

羽黒修験の秘儀中の秘儀、門外不出の作法が繰り広げられてゆく。