第5回

十界行の中で、人間界の行とされるものが懺悔の行だ。その懺悔のために人は祈る。六道輪廻を断ち切るために、己の罪、穢れを懺悔するのだ。二時間に及ぶ初夜と後夜の勤行も、体の内部まで染み渡る様な強烈な南蛮燻しも、またそうした祈りに連なる峰中の全ての宗教儀礼も、魂の浄化装置の役目を担う。

娑婆の世界から峰中行という結界に身を移し、行者は六道を越える。こうした観想上の精神体験は、実践という行を重ね、やっと朧気ながら意識の深層で把握され始める。初行の者にはなかなか意識出来ない。書物などの文献は何も役に立たない。知識にたよれば、途端に置いてけぼりにされる。

十年以上も参加している私でさえ、意識はまだ六道輪廻の中にある。


礼拝行
 
「平成15年羽黒修験秋の峰」取材原稿(部分)より 

映像内容(要旨)
炭床に投じられる南蛮 羽黒の行は十界行とも呼ばれ、仏教が説く十の世界を追体験する。
充満する煙 南蛮いぶしは「地獄の行」。
苦しむ行者 この地獄から行者たちは這い上がらねばならない。
小木・閼伽の作法 
 
  

小木と閼伽の作法を修め勤行が終わる。

小木とは死、閼伽は生を表すとされる。

行者たちは勤行の度に生と死の二法を修め十界を巡る。

礼拝行 
 

行者たちはこれで開放されるわけではない。

体を投げ出し神仏を拝する礼拝行が待っている。

礼拝行点描
 
 
 
 
 
 
 
 
 

南蛮いぶしで煤けた顔もこの行の汗で流し清められる程繰り返される。

勤行毎に行われる回数は数百回以上。

繰り返される内にやがて手足の皮は剥がれ血が滲み出す。

行者たちは手向を出発してから一切の食事は出されていない。

断食は「餓鬼の行」。一の宿と呼ばれる期間中は厳守される。
汗だくになっても顔は勿論、体を洗う事も許されない。

この水絶ちは「畜生の行」で山を下るまで体を洗う事は勿論、歯を磨く事も禁じられる。

行者たちは地獄で餓鬼となり畜生と化す。