第2回:倶會十界(そのニ)

羽黒には多士多様な人間が顔を揃えます。社長さん、大学教授、拝み屋さん、公務員、会社員、フリーター、武道家、整体師、坊さん、医者、ジャーナリスト…。その職種をあげれば切りががありません。しかし、峰中では肩書きなどは何の意味もなしません。かつて、オリンピックで金メダルを獲り、今は格闘家に転向した柔道家が参加した事がありましたが、その際、同期の行者が「アンちゃん、お前ホントに強いのか?」と肩を叩きながら尋ねていました。困った様に「普通です」と応えていた彼の顔を今でも思い出します。国籍も日本を始め、これまでには、アメリカ、フランス、イタリア、オーストラリア、韓国と山伏も国際色豊かとなりました。


クルーから取材を受ける韓国の研究者・権来順女史

峰中では肩書きや国籍にこだわる事はありません。なぜなら、峰入りと同時に、行者達は自らに対しての葬式を執り行い、娑婆世界の執着を断つのです。笈絨(おいからがき)と呼ばれる儀式の場で引導を渡される事になります。行者達は自らの魂を笈の中に閉じ込められ、擬死再生の十世行へと旅立つのです。

笈絨の後の直会
 
「平成15年羽黒修験秋の峰」取材原稿(部分)より 

大項目映像内容(要旨)
●峰入り修行Ⅱ 受胎・巨大柱「梵天(ぼんてん)」・秋の峰入りの幕が開けた。
・運ばれる梵天・8月25日、修行者たちの目の前に巨大な柱「梵天」が現れる。
・黄金堂境内・この梵天をお堂に投じるのが「受胎」の儀式だ。
・梵天・梵天は男性のお堂は女性の化身とされる。
・梵天投じ・受胎のパフォーマンスでは、一度死んだ自分が、<母胎>の宿るのだ。
・笈わたし・昨夜の<葬式>で、「笈(おい)」は、魂の入る「棺」となり、ここでは母の「胎内」となる。
・笈・修行者の魂は、その<笈>に、新しい生命として、再び宿るのである。
班蓋は、胎児を包む<胞衣>といわれる。
・笈と白い班蓋(はんがい)・ 受胎の瞬間を目に焼き付けた修行者たちは、法螺貝の合図で、行列を進める。
・山念仏を唱える
・行列
・松の礼
・山門(仁王門)・山へ入る心の決意をうながす儀礼、そして山門を一歩入れば、俗界と離れた聖地となる。
・石段・拝処で経を唱えながら老杉に囲まれた2446段の石段を登る。
・行道・息が次第に荒くなる中で再生への鼓動を宿して行く。