その9 ニヒリズムの狭間で

Maharajのもう一つのお家には、息子さん夫婦が四組住んでいて、そこで二人の息子さんが優秀なターントリカとして活動をされておられます。とても印象に残ったのは、吾が邦の寺院や祈祷所などに付き物の煌びやかな荘厳具、権威を誇示するようなシンボルがほとんどないということです。あるといえば、彼らが座るシンプルなアーサナ(座具)と、古い扇風機一台と、どこのマーケットでも売っている神様のポスターが、せいぜい2、3枚、シンプルな額ぶちに入れられ、壁に掛けられているのみです。彼ら二人の周りには、いつも大勢の人々―――それもあまり裕福ではない人々―――が、日常の様々な問題を解決してもらう為に順番を待っていました。Maharajの長男、アヴァデーシュ・ナーラーヤナ(Avadehsha-narayana)師の周りは特にそうでした。澄み切った大きい目、がっしりとした体躯とその周囲に漂う静けさ、お顔から発する明るい霊光によって、じつにその場にいる誰もが、まるで彼を父親のように慕い、絶大な信頼を抱かずにはいられないのでした。Maharajと同様、彼はわたしに、多くのマントラやヤントラ、プラヨーガの次第を、全く惜しみない愛情で伝授して下さいました。

お孫さん一同とお庭にて

そのような慈愛に満ちた先生、アヴァデーシュ・ナーラーヤナ師には二人のお子さんがおり、眼が大きくてとても綺麗なお嬢さんは大学生、端正な顔立ちの弟さんは高校生でした。わたし達はよく一緒に食事を共にしていましたので、わたしは彼らとすぐに打ち解けることができました。
ある時、ビッルゥちゃん(お嬢さんにつけられたニックネームで、意味はネコ)がわたしに言いました。

「実はわたし、お父さんがやっていることが好きでないのよ。」

どうして?とわたしは聞き返しました。

「だって、お父さんは会社に勤めてないし、有名でないし、何より、わけのわかんない仕事をしているから、、、。」

わたしは答えました。

「そうかなあ。きみのお父さんは地域の多くの人たちの為に朝から晩まで献身しているし、みんなきみのお父さんをとても信頼しているじゃないか。」

彼女は納得いかない様子でした。そして、こんなことを話し始めました。

「わたしが子供の頃ね、高い熱が出たことがあったの。その時、お父さんがヤントラを作ってわたしの首に掛けたのよ。わたしは何だろう、と思ってタービーズ(ヤントラを入れる容器)を開けて中に入っているものをみたのよ、、、。そこには赫々云々のことが書いてあったの。丁度、さっきシヴァーナンダが父から習っていたようなのだったわ。その時、わたしはこんなのきっと効かないと思って、こっそり捨てちゃった。そして、内緒でアスピリンを飲んで寝たの。」

大学で近代的な教育を受け、また年齢相応の感受性でTVや雑誌の情報に反応したであろう彼女にとっては、出来れば父親にはおどろおどろしい祈祷師ではなく、ぱりっとしたスーツとタイを身に纏い、颯爽とビジネス街を歩いて欲しいという希望があっても、不思議なことではなかったでしょう。

現在、インドはコンピューター産業を中心にしてめざましい発展を続けております(*1)。新しく入ってきた効率的な機械技術、コンピューターの導入が齎した便利さは、生命が本質的に持つスピイドやリズムを隠蔽し、あたかもその生命のスピイドやリズムの限界が克服されたかのようにいつも錯覚させるのです。そのようにして確たる信念となってゆく近代合理主義の視点からは、じっと座って石に刻まれたシンボルに観想を凝らしたり、ほとんど了解不可能な音からなるマントラを何時間も念誦し続けたりすることが、一体何の役に立つのか、それより、便利さや快適さ、スマートに人生の欲望や欲求を満たす方法を追求した方がよっぽどよいではないか、という疑問が生じてきて当然でしょう。このような物心両面にわたる急激な発展変化の波が、まさにこうしたタントラの伝統を脈々と守っている家の内部にも浸透しつつあります。

すなわち、信仰の都市、ヴァーラーナスィーにおいても、ターントリカという崇拝と排除、聖と不浄という両義性を持った本来の宗教家の意味は、近代的な教育を受けた若いお嬢さんの眼差しや言葉から、新たな文脈に位置付けられようとしているのでした。アヴァデーシュ・ナーラーヤナ師も、そうしたお嬢さんの気持ちを二つの側面、即ち、類稀なタントラの成就者としての彼と、もう一つは「お父さん」としての彼、という両面から受け止めざるを得なかったでしょう。そのような、二重の受け止め方には相応の心理的重さもあるに違いありません。しかし、彼はそれらを単に開き直りではなくて、日々の確たる信仰のなかで一つに統合し得ていたことでしょう。何故なら、統合されたそれを背負う者の強さも、彼の全身から発散されているような気がしたからです。

弟のラホールシャンカル君とも良くお話をしました。ある日、お昼の食事を一緒にしておりました。サブジー(野菜カリー)とチャパティを頬張りながら、彼はわたしに尋ねました。

「ヘイ、シヴァーナンダ!神様って本当に存在するのかなあ? きみはどう思う?」

わたしは一寸考えてから、彼にこう答えました。
  
「今、きみは、'神様って本当にいるのかなあ?'って言ったでしょう?じゃあ、もしわたしに、'ある'とか'存在する'ということが一体どういう意味であるかを教えてくれたら、わたしが考えていることを教えるヨ。」
 
「ああ、もう!!意地悪を言わないで、シヴァーナンダは神様が本当にいると思うのか、そうでないのか早く教えてよ!!」
 
「'ある'、ということの意味か本当に分かれば、同時に、'ない'ということの意味も分かると思うんだ。その後で、例えば、'○○はある'という文章の○○の中に、神様でも、きみの好きなGFの名前でも好きな言葉を入れたらどうかな?」

「・・・・。」

わたしがそのように答えると、彼は複雑そうな表情で黙ってしまうのでした。
 
上のようなラホールシャンカル君の問いは、ある世代から下の人々に多かれ少なかれ浸透する、聖なるものへ不在感と違和感であり、彼のお姉さんがタントラを信じないという例と同様の位相にあります。何処でもよく引き合いに出されるニーチェの預言、「神は死んだ」とは、単にキリスト教の神を指しているのではなく、急速な発展を続けるインドでも同様なのです。勿論、吾が邦や他の国々でもそれは例外ではありません。快を求め、不快を退けるという生命の本能に根ざし、人間におけるその独自の発展形として、より便利な、快適な〈道具〉の普及が際限なく推奨されるのです。同様に、神さまをまるで、人間の欲望を満たす〈道具〉のように表現しているとき(*2)、すでにそれは神の死、ニヒリズムを含んでいます。神さまやその依り代としての聖なるものは、今の世に至って〈便利な道具〉として、売買や交換をされ、消費、焼尽されるモノ、つまりサクリファイスとして自らを人間に捧げることで、肉眼で見える世界から身を隠したのだ、といったら言過ぎでしょうか。人間によって如何に神さまが、ばらばらに切り刻まれ、断片的に、マーケットに売られていることを―――He!! Prabhu!!(ああ、神さま!!)―――わたし達はちゃんと観ることが出来るのでしょうか。

それとパラレルな現象が、先進国医療の現場でも指摘されております。つまり、わたし達のこころや身体も寸断されて扱われております。血圧の数値が高ければ、降圧剤を呑ませ、その数値を制御し、或いは変形した腰椎椎間板は、尖った部分を手術して削り取り、夜眠れなければ脳の神経伝達物質を抑制する薬物を投与するというのですが、このようなやり方や考え方では、患者の数は減るはずはないのです。そして、いつもわたし達の視界に映るのは、寸断された、他ならぬわたし達自身のこころや身体が、本来のあるべき場をもとめて彷徨う姿であります。

わたしは何が言いたいのでしょうか?

タントラに限らず、何であれいかなる信仰、魂の探求が刻々と生きられてある時、近代的な便利さ、効率性への心理的依存はいつの間にか脱落しております。そうした地平を、もしかしたら〈愛〉と呼んで良いのかも知れません。再び、「神は死んだ」―――ニヒリズムの狭間を滑りぬけて行こうとする絶え間ない精神の試み。何であれ現代における祈りの復権とは、その試みに於いて絶えず復活するのです。

(*1)『やがてインドの時代がはじまる』(小島卓 著 朝日新聞社)。因みに著者はわたしの従兄弟。
(*2)壺、仏像、仏塔、おふだ、掛け軸、宝石、置物等に何事か超自然的な力が宿るとして宣伝されること、これらが高額なお布施と事実上「交換されうる」という考え方に対しては、根源的な答えやピュアな信仰を求める方は批判的であるべきであろう。

井口賢匠(Shivanada)氏 プロフィール
1969年、新潟県生まれ。大正大学仏教学部卒。専攻梵文学(卒論『三昧についての一考察-Yogasutra第一章三昧品を中心として』)。1988年に観光渡印、1993年、四大仏蹟巡拝。1997年、1999年に各半年間、Uttarapradesh州の古都Varanasiにて、Tantraraja Bolanath  Mishra Maharaj Jiに師事し、Kaula派に入門する。Akhil Bharatiya Tantrika Samaja会員。整体師。埼玉県在住。