その7 民衆・歌・祈り

ヴァーラーナスィーのガート(ghat:沐浴場)の近くに暮らしておりますと、朝晩、ほとんどひっきりなしに神や女神を讃える歌(bhajan/bhakti-sangita/arati)やマントラの詠唱が聞こえてきます。これは特にヒンドゥの祭禮日に限らず、この町では一年中であります。多くの日本人にとってはきっと不思議なことのように思われるでしょうが、インドでは、このバジャンbhajanと呼ばれるヒンドゥ賛歌のカセットテープが、インドの流行ポップスと同様に、お店で沢山売られております。特にお寺やアーシュラマでは、巨大なスピーカーを使ってこれをかなりの大音量でかけたり、また、信者さん達が集まって何時間も歌っております。ガンガーのゆったりした流れが見渡すことのできたわたしの部屋でも、鉦の音と共に、'♪Jay Guru Jay Guru , Jay Jay Guru Jay…'とか、'♪Hare Krishna Hare Krshna , Krishna Krishna Hare Hare…'が、おじいさんやおばあさんらによって歌われているのが常に聞こえてきたものでした。それは時に物悲しく、時に陽気に明るい旋律で、何時間も何時間も歌われ続けるのが常でした。わたしも、朝のプージャの時に歌うアーラティーが大好きで、兄弟弟子のラマーシャンカルさんと二人で、大声で歌ったものです。こうしたヒンドゥの一般的な信仰のあり方に対するわたしの印象は、例えばアーラティーなどに用いられるの賛歌は、職業的な宗教者のように上手に歌えなくても全く大丈夫らしい、ということでした。例えばヴァーラーナスィーの民間祭礼で、僧俗一同によって歌われる賛歌、祈りの文句は、各々いきなりキーが外れていてびっくりすることがありますが、しかし彼等は皆、そんなこと気にせず平然として歌い続けているのでした。そのように、僧俗、男女、老少、上手い下手も関係なく、一緒になって歌われる神の御名は、ガンガー河の流れの如く、生死の混沌をそっくり運び去って行くような気がしたものです。

沐浴場で早朝に祈りを捧げる人

ヴァーラーナスィーのガート(ghat:沐浴場)の近くに暮らしておりますと、朝晩、ほとんどひっきりなしに神や女神を讃える歌(bhajan/bhakti-sangita/arati)やマントラの詠唱が聞こえてきます。これは特にヒンドゥの祭禮日に限らず、この町では一年中であります。多くの日本人にとってはきっと不思議なことのように思われるでしょうが、インドでは、このバジャンbhajanと呼ばれるヒンドゥ賛歌のカセットテープが、インドの流行ポップスと同様に、お店で沢山売られております。特にお寺やアーシュラマでは、巨大なスピーカーを使ってこれをかなりの大音量でかけたり、また、信者さん達が集まって何時間も歌っております。ガンガーのゆったりした流れが見渡すことのできたわたしの部屋でも、鉦の音と共に、'♪Jay Guru Jay Guru , Jay Jay Guru Jay…'とか、'♪Hare Krishna Hare Krshna , Krishna Krishna Hare Hare…'が、おじいさんやおばあさんらによって歌われているのが常に聞こえてきたものでした。それは時に物悲しく、時に陽気に明るい旋律で、何時間も何時間も歌われ続けるのが常でした。わたしも、朝のプージャの時に歌うアーラティーが大好きで、兄弟弟子のラマーシャンカルさんと二人で、大声で歌ったものです。こうしたヒンドゥの一般的な信仰のあり方に対するわたしの印象は、例えばアーラティーなどに用いられるの賛歌は、職業的な宗教者のように上手に歌えなくても全く大丈夫らしい、ということでした。例えばヴァーラーナスィーの民間祭礼で、僧俗一同によって歌われる賛歌、祈りの文句は、各々いきなりキーが外れていてびっくりすることがありますが、しかし彼等は皆、そんなこと気にせず平然として歌い続けているのでした。そのように、僧俗、男女、老少、上手い下手も関係なく、一緒になって歌われる神の御名は、ガンガー河の流れの如く、生死の混沌をそっくり運び去って行くような気がしたものです。

ところで、今はほとんど見られませんが、数十年前までは吾が邦でも、弁天様、お地蔵様、庚申様、二十三夜様などの神聖なシンボルを中心にしたムラビトの集まり、〈講〉が盛んだったようです。わたしが小学生の頃も、町内に〈しねり弁天〉(*1)の講があり、月に一度、近所のお婆さん達が弁天堂に集まって、『西国三十三番御詠歌』、『善光寺和讃』などを一同で歌い、その後はお供物として持ち寄ったお菓子を食べたり、お茶を飲んだりしながら、四方山話を楽しんでいたものでした。いまでは田舎でも、そういう風景は全くと言ってよい程見られなくなり、寂しく思います。   
当時、講に集まってきていたお婆さん達にとっては、般若心経とは何ぞや、とか、自分たちが今、大声でがなっているのが光明真言と呼ばれるインドの言葉なのだという〈知〉から最も遠い位相にありました。また、彼女らが使っていたお経本は、最初から最後の頁まで全部ひらがなで書かれていて、一字として漢字が使われておりません。ですから、漢文も和讃も真言もすべて同じように、ひらがなだけからなる平面に置かれ、純粋な音同士が戯れ合っているように見えます。恐らく専ら、彼女らのような人々が、幾星霜も担い続け、またその身体に体現しておられた吾が邦の信仰の姿は、すべてがひらがなという音であらわされる土台――彼女らの生きる生活の場であり、そして消えてゆく―――に立ち現れる素朴なリズムとメロディ、息継ぎ(呼吸)、鉦の音の反復という原初的な、それ故マジカルな身体性の上に顕現させていたともいえます。巷では専門家や知識人による多くの宗教に関する書物が書かれ、何冊売れたなどということも聴きます。しかし、それらの殆どは、ものの数年で紙屑同然となってしまう事実を見たとき、彼女らが二十年、三十年、或いはもっと長い期間、ひらがなの〈音〉が作り出す信仰を、生活世界のなかで護持してこられたことを考えますと、それはもっと意義深い仕事ではなかっただろうか、という想いに駆られます。

漢字による専門用語を読むことが能わなかった時代の人々と、その信仰実践を理解し、きちんと評価してゆくことは、更に文字そのものをして積極的に読むことを禁じられた人々の信仰を知る上で重要だと思われます。
近代の義務教育を受けた人々から見れば、近代以前、そして更に遠く時代を遡って無学文盲に等しい人々の信仰を理解することは、ヒンドゥの文脈において、インドのある種の人々―差別され、排除され、不浄を担わされた人々の信仰を理解することに通じるような気がします。実に、現在も生きているタントラはそういう差別された人々と極めて密接な関係があります。

一例を挙げてみます。タントラ文献に説かれ、また口頭伝授される修法のうち、シャット・カルマ(六行為)の他に、数として意外に多いと思われるのは、ヴァンディ・モークシャナ(vandi-moksana *2)というタイプの修法です。この修法は、有実か無実かの問題はひとまず問わないことにして、ある人が何らかの犯罪を犯した疑いで法権力によって投獄され、処刑を待つという状況にある場合、それをどのようにしてか釈放させる力を持っていると信じられています。こうした祈りの形に対し、そういう祈りは本当に霊験があったのか、或いはあるかという問いには、わたしはほとんど興味がありません。それよりも、わたしの関心は別な所にあり、それは古代からインド社会では、不浄や穢汚を背負わされ、差別、排除の対象になった人々、所謂不可(アンタッ)触民(チャブルズ)が存在していたことや、更に今でも現実に存在するということ、さらにこのマントラが分泌され、結晶化し、伝承されている背景には、彼等不可触民が往々にして、権力者によって冤罪の罪を着せられ、スケイプゴート(生贄)として選ばれることが多くあったのではないか、というのがわたしの考えです。何故かと言えば、共同体内で発生する様々な災厄―――疫病、飢饉、天候不順等々―――の元になる穢汚のみならず、共同体メンバーによる犯罪によって社会秩序がバランスを失った時にも、その罪=穢を付与される存在が必要であり、権力によって一方的に選ばれ、生贄として強制的に処刑される者は、共同体の〈内部〉と〈外部〉の境界上の〈間〉に存在する彼ら、異人や被差別者たちであり易かったと考えられるからです(*3)。
このように、タントラに伝承されるヴァンディ・モークシャナの修法は、不浄を担わされ、更には冤罪の罪を着せらた社会的弱者たち、即ち、異人、被差別者たちの絶体絶命の悲しみ、震吟の血涙から結晶した〈歌〉であったことでしょう。

(*1)「しねり」とは筆者の故郷で「ひねり」が訛った音であり現地では「つねる」「つまむ」という意味で使われる。毎年初夏に巡ってくる、「しねり弁天」の祭日には、男性が女性のお尻をつねったりしても良いといわれる不思議なお祭りが行なわれる。更にこの「しねり弁天」には、伴侶として「たたき地蔵」の石像が弁天堂から少し離れた曹洞宗のお寺の境内に祀られている。この「たたき地蔵」に因んで、この日は、女性は男性をたたいたり、どついたりしてもよい、といわれている。またこの日、同時に巨大な「金精さま」(魂の根源的な姿を表す性的なメタファーで、ヒンドゥのリンガ崇拝に起源を求められるかも知れない)が町中を練り歩くのが見ることができるのも面白い。
(*2)ヴァンディ(vandi)という言葉の意味はよく分からない。もしかしたら、バンディ(bandhi)の間違いではないかとも思うがテキストの表記のまま載せた。この修法は冤罪による投獄の他に、拉致監禁された人の危難を救出する力があると信じられている。
(*3)異人や被差別者とスケイプゴートの関係は、『異人論』、『悪霊論』(小松和彦著 ちくま文芸文庫)、『異人論序説』(赤坂憲雄著 同社刊)が参考になる。

井口賢匠(Shivanada)氏 プロフィール
1969年、新潟県生まれ。大正大学仏教学部卒。専攻梵文学(卒論『三昧についての一考察-Yogasutra第一章三昧品を中心として』)。1988年に観光渡印、1993年、四大仏蹟巡拝。1997年、1999年に各半年間、Uttarapradesh州の古都Varanasiにて、Tantraraja Bolanath  Mishra Maharaj Jiに師事し、Kaula派に入門する。Akhil Bharatiya Tantrika Samaja会員。整体師。埼玉県在住。