その6 アゴーラ

 「きみがもし、タントラを学びたいというなら、それは構わない。だが、日本からわざわざやってきて発狂したりしないようにしてくれよ。」
そう忠告を付け加えながら、某インド音楽教師は、ヴァーラーナスィーの某所にある、アゴーラ(aghora *1)のアーシュラマ(道場)への道順が書かれた紙をわたしに手渡しました。そのアーシュラマは、ババ・キーナーラーム・アゴーリー(Baba Kinaram Aghori *2)という聖人が開いたもので、わたしは以前から、そこには是非参拝をしたいと考えておりました。そこで、ある日の午後、Maharajの許しを得て、わたしは、仲が良かったベンガル人の画家と、もう一人、レストランの店主と共に、リクシャーに乗り、キーナーラーム・アーシュラマへと向かいました。

そこは、様々な聖木が植えられている緑豊かな広大な敷地で、正門には、大きな頭蓋骨のモニュメントが三つ置かれています(*3)。それは恰も、参拝に来る人々に対し、「死を想え」と語りかけているようでもあります。
門をくぐり本堂の方へ歩きますと、様々な大きさや形の塔が、まるで子供の遊園地のように建てられ、最初は〈死〉を瞑想する場所とは思えないほどでした。本堂にはキーナーラーム・アゴーリーが灯したというドゥーニ(dhuni)、伝説の〈不滅の法灯〉があり、常に真っ赤な炎が燃え上がっております。またこのアーシュラマの後継指導者達が座った椅子などが、まるで今もそこに彼等が生きているかのように、礼拝の対象、即ち本尊となっております。その炎の前で、静かにマントラのジャパ(念誦)を行ない、祈りを捧げる男性の姿も見られました。彼は洋服を着た四十代程の年齢でしたが、白いワイシャツの前ボタンを外し、マーラー(mala 念珠)を持った手を、ワイシャツの下に隠して眼を閉じ、一心に祈願を込めておられる様子でした。わたし達三人も、その法灯の近くで、無言でお祈りを捧げ、また順番に聖なるシンボルを巡拝しました。

 夕刻になり、辺りは急速に暗くなってきました。アーシュラマは濃厚な静けさに包み込まれていました。闇と一体になった空気中の分子が、何か特殊な振動をしているようでした。その感覚を喩えると、そのアーシュラマの場全体が生きていて、わたしは生暖かい子宮の中に漂う胎児であるような気がしました。これは血の匂いではないだろうか・・・。嫌悪とも愛着ともつかない感覚から、わたしの脳も柔らかく痺れたような状態になりました。聖地とは、本来的に、このような感覚を呼び起こし得る場のことをいうのでしょう。それは、壮大な伽藍があり、煌びやかな袈裟を着けた職業的僧侶が形式的な儀式をするから聖地と呼ばれて良いのではなさそうです。

ガンガーと火葬場の炎

アゴーラとは、最も特異なタントラの形態のひとつであり、死や狂気と直接、または間接的なシンボルを通して交わり、それを突破しようとする極めてインテンシヴな行を行なうことで知られています。西洋文明に条件付けられたわたし達にとって、生理的になかなか受け入れ難いことですが、〈死体〉は、彼らの主要な行において重要なアイテムであると考えられています。わたしにとって、火葬場や死体遺棄場で修される、この危険な行(shmasana-sadhana)の実体とその意味は、現地の人々の話やサンスクリット文献から為される推測の域を出ないのですが、一言で言えば、わたしたちの無意識層にある〈死の恐怖〉を克服すると同時に獲得される、特殊な悉地(siddhi)を得ることを目的としているようであります。

このアゴーラの体系に従う人々を、アゴーリー(aghori)と呼び、広義のタントラ行者の中に含まれます。アゴーリー達が用いるマントラを、特にアゴーリー・マントラ(aghori-mantra)と呼び、優美なヴェーダのマントラ(Vaidika-mantra)等とは区別される特別なマントラです。アゴーリー・マントラと、韻律、文体、使われている音がほぼ同じものに、シャーワル・マントラ(shavar-mantra)というのがあります。シャーワルとは、ヒンディー語の辞書には、barbarian(未開の、野蛮人の)とありますから、恐らく非サンスクリット起源の俗語、又は方言のことでしょう。従って、アゴーリー・マントラ、シャーワル・マントラは、どんな辞書を調べても、ほとんど意味を解読することが出来ませんし、発音法も特殊な訛りがあります。従って、これらのマントラを学ぶ場合は必ず悉地成就を得た導師に就かねば無意味ということになります。
わたしの考えでは、シャーワル・マントラ(/アゴーリー・マントラ)こそが、現行のタントラの中核をなすものなのですが、これについて述べた報告なり研究は、現在の所、わたしの管見に及ぶ限り西洋にも日本にもありません。多くの人々は、「そんな土俗的でマイナーなもの、一体何の価値があるのか」と訝しく思われるはずであります。しかし、アゴーラやシャーワル・マントラについて研究すべき理由は幾つかあり、わたしはいま、それらの詳細を発表できる段階でも、また身分でもないのですが、敢えてそのひとつを簡単に申しますと、吾が邦で尊ばれる主要な大乗仏教経典の中にも、じつは陀羅尼(dharani)として、このシャーワル・マントラが非常に多く含まれている、という仮説を立てるからです。このことが何を意味するかと言いますと、明治以降急速に近代化した大乗〈仏教〉は、インドにおいてもともと知的エリート達による哲学化・論理化へ向かったものだけではなく、むしろ無学文盲の〈民衆〉、更には社会的に強烈な差別・排除・抑圧・暴力を受けた人々によって担われた信仰、すなわちタントラと深い関係を持つものとして捉えなおす必要があるように思われるからです。一方、古代日本にも社会的に強烈な差別・排除・抑圧・暴力を受けていた被差別階層が存在し、或る者は「山の民」、また或る者は「河の民」でありました。里にあって、農耕を専らとするムラビトにとって、山河に住み、治金・土木・製革・薬草・呪文などの特殊な技術を持っていた彼等は、〈異人〉であり、〈鬼〉であり、また〈河童〉などの魔物として捉えられておりました。そこにおいて、吾が邦の修験道開祖、役行者や蜂子皇子はまさしく〈異人〉、〈鬼〉であったはずです。山に住む〈鬼〉であった彼等と、無学文盲の〈民衆〉達の信仰の世界は、後代仏教学者が整理した高邁な〈仏教〉と、それを元に教学を構築する各仏教宗派と、現実に一体どれ程の親和性をもつのでしょうか。それは、少なくとも〈民衆〉であるわたしには余り関係ないのではないか、そんな気がしております。

(*1)アゴーラ(aghora)は、a-(否定の接頭辞)+ghora(adj.恐ろしい、畏怖すべき)に分解できる。「恐ろしくないもの」すなわち「優しく甘美なもの」の意である。アゴーリー(aghori)はこの特異な思想の実践者であり、伝統的には全裸、褌姿で日常を過ごすようである。インドでは、稀に頭蓋骨の器を持って、そこから食物を食べる行者を見かけることがあるが、これなどもアゴーリーの一種であると考えてよい。
(*2)ババ・キーナーラーム・アゴーリーは、16世紀に実在した人物だと思われる。白髪、褌姿で描かれる彼はアゴーラの開祖ダッタトレーヤ(Dattatreya)の教えを再興した聖人と見なされている。彼に纏わる伝説はヴァーラーナスィーではとても有名である。
(*3)この三つのモニュメントは、ブラフマー、ヴィシュヌ、シヴァを現している。ヒンドゥーでは、これら三神を、各人が個別に信仰するというのが一般的であるが、アゴーラは各三神が唯一のリアリティを、生・ 常・滅の各存在相において表現されたものに他ならないと見る。即ち、Beauty is but skin deepという意味であり、わたしたちが常に迷う存在の表層としての皮膚、顔かたちの違いは、一枚めくればすべて同じ骸骨=梵であるということを示している。

井口賢匠(Shivanada)氏 プロフィール
1969年、新潟県生まれ。大正大学仏教学部卒。専攻梵文学(卒論『三昧についての一考察-Yogasutra第一章三昧品を中心として』)。1988年に観光渡印、1993年、四大仏蹟巡拝。1997年、1999年に各半年間、Uttarapradesh州の古都Varanasiにて、Tantraraja Bolanath  Mishra Maharaj Jiに師事し、Kaula派に入門する。Akhil Bharatiya Tantrika Samaja会員。整体師。埼玉県在住。