その4 ババジ

 わたしが滞在していた古都ヴァーラーナスィーは、かつてはカーシー(kashi;動詞√kash''輝く'から転じて'光')と呼ばれ、現在も多くのヒンドゥの徒が一生に一度は参拝を願う聖地であり、'Kashi-maranam muktih.(カーシーにおける死は解脱である)'とまで言われます。また、ヒンドゥの人々には、この都市がシヴァ(Shiva)の持物である三鈷叉(trishula)の上に建立されている特別な地であると信じてられています。長い彷徨の果てに、「わたしは帰ってきた」とさえ感じられたこの地で、わたしは多くの尊敬すべき人々との邂逅を得ることが出来ました。その出会いのなかでも、Bolanath Maharajと並んで、重大だったのは、彼を知る現地の人々やわたしが、ババジ(Babaji*1)と呼んで親しんだ方との出会いでした。彼は、放浪の行者で、家を持たず、風のように或る時は現れ、或るときは消えてしまう不思議な方でした。現在のわたしがあるのも、Maharajとババジ、更にババジによって導かれたもう一人の導師の恩恵を離れては考えられません。ババジに始めてお会いしたのは、わたしがアーシュラマで学ぶようになり、次第にそこでの生活に慣れてきた頃のことでした。Maharajに選んで頂いた様々な口伝のマントラや神号、それにまつわる神格の縁起や行法を練習しつつ、しかし、わたしにはまだ気になることが残っていました。それは、いまでは憶測のみが流布し、ほとんど伝説となってしまったもう一つの或る伝承行法に入門し、自分の身体をそこに完全に浸させることでした。じつは、すでに伝説になってしまった伝承と同じ名前を標榜する教師は、インドや欧米にも僅かながら存在します。実は既にわたしは、かつてインドに渡る前に、同名の幾つかの伝承にイニシエートされておりました。それらのどれもが、わたしの身体を通して演奏される度に、予想以上の手応えを得たのですが、しかし、わたしの直感では、もともとあったオリジナルな行法が、何らかの異質な思想(*2)のフィルターを掛けられて歪んでいるように感じられました。言葉を換えますと、その行法が本質的なものに近ければ近いほど、その行法として現される表現がわたしの身体を、言葉を、そして最後にはこころを分節するときには、その分節された世界の向こうに、更に次の段階の地平が透かし見えてくるような気がするのですが、何とはなしに、行法の或る部分に関しては、きっと本来は別な形であり、もしそうならば、それによって透かし見える地平が、わたしの意識において更に明瞭に現れてくるのではないかな、という感じが日毎に強くなってゆくのでした。わたしの実践は不完全ながらも、そのようにわたしを分節し、分節された世界の隙間から開示される何かは、当時強烈に、わたしの人生をある方向に駆り立てておりました。そのような、ほとんど欲情にも似た力がわたしを駆り立てるなかで、聖都ヴァーラーナスィーはガンガーの水面に反射するやさしい光でわたしを迎えいれてくれました。

ある日、わたしはプージャに使う線香や供物を買う為に、ベンガリー小路の小さなお香屋さんの前で、色とりどりの線香の箱から、どれにしようか迷っていた時でした。
「これがいいよ。」
流暢な発音の英語を話す方向を見ると、わたしの右隣にはターントリック特有の象徴を纏った、長い髪の行者がお香屋さんの軒先に腰を下ろしてこちらを見ているのでした。彼の眼は、薄いグレーとグリーンが混ざったような色で、顔立ちはとても端正で高貴でした。わたしにはこの放浪の行者が、本当は非常に高貴な身分の方で、何らかの理由によって、敢えて、このような姿に身を窶しているのではないかと思えるのでした。促されたわたしは、素直に彼のアドヴァイスに従って、店頭に並んでいる線香の箱を買い求めた後、暫くの間、呆然と彼の高貴な姿に見とれておりました。
(このお方ならきっとご存知だ。)
わたしは思い切って、彼に話し掛けました。
「あのう、、、わたしは実は、○○を伝承されている方を探しているのですが、貴方はもしかしてご存知ではないでしょうか?」
彼は暫く黙ってわたしを見ていましたが、
「××というところにこういう人物かいるから、尋ねて見なさい。」
当時、わたしの頭は、一種の麻痺状態にあったのかも知れませんが、この余りにもあっけない導きをそれ程驚いたりはしなかったように記憶しています。ただ、「わたしは明日にでも××へ行くのだ」と考えただけでした。わたしは、かの放浪の行者(後にババジとわたしが呼ぶことになる神人)にお礼を言い、彼の両足を頂礼してアーシュラマに戻りました。
その後、××を尋ねて伝承者(このお方もババジのことをよくご存知で敬愛なさっておられました)にお会いし、行法に関する七日間の問答の後、終にそこでも文字通り秘儀の入門と伝授を許されました。この秘儀伝授の後も、しばしば、ババジはわたしの前に現れ、或る時は石段の上、或る時は野菜市場、或る時は、何とわたしがお茶を啜りながらノートをまとめているレストランの厨房から突然現れて(!)、そっとわたしに様々な神話的知識や、或る尊格の極秘のマントラまでも伝授して下さいましたし、時にはわたしの頭頂に手を触れてブレッスィングをして下さることもありました。そんな時、わたしの身体は不可思議な液体を注ぎ込まれたような感覚になり、微細な律動を抑えることは出来ませんでした。また、彼はわたしが例の口伝行法にイニシエートされたことを、ことのほか喜んで下さいました。
わたしは、彼に何かお礼がしたいと何度も申し出ましたが、いつもニコリ微笑むだけでお茶一杯以上は決して受け取ってはくれませんでした。そして、再び、すうっといずこにか歩いて行ってしまうのでした。

今でも、わたしがこよなく敬愛するこの放浪の行者、愛の神人、ババジの写真は、わたしの小さな神壇に、他の導師同様に飾られております。

私がこよなく愛し、尊敬する謎のtantrik-Sadhu Babaji

(*1)ババジ(Babaji)とは「お父様」という位の意味であり、Paramahansa Yoganandaがその著書の中で紹介した或る聖者を一般には指す。そこでもババジは一定の姿を持たず、会う人によってまちまちな姿となって顕れるとも考えられている。また、ババジと名がつけられたインドの聖者は過去に複数存在し、そのうちのどれが本物であるとか偽者であるとかを断定することは出来ない。いま、筆者がかの放浪のタントラ行者を「ババジ」と呼ぶのは、彼を知る他の導師や友人も、そのような呼称で彼を呼んでいたからで、筆者にとっては、彼が"Autobiography of A Yogi"の中で出てくる「時空を超越した」ババジと同一であっても、またなくても一向に構わないと考えている。
(*2)「異質な思想」とは、例えばtantraの語が、欧米人の教師によって(たぶん真面目に)語られるとき、クリスチャニティの概念用語を借りて翻訳・説明されてしまうことで、説明された語の意味や全体が、全く違う意味を持つものになってしまう、ということだけを言いたいのではない。そうではなく、わたし達がいつの間にか既に、生きてしまい、乗っかってしまっているところの社会システム―――密かにかつ強制的にわたし達を促すところの、貨幣による、即ち、〈数量〉による迅速な交換のシステム―――コンピュータの出現によりそれは当たり前になり、ますます加速する―――のなかで、生きた何かは別な何かとなり、単に消耗されるフェティッシュ的な記号として人々に交換され始める。そのシステムの中では、人々は生において本質的なもの、大切なもの一切を〈数量〉で還元する飛躍を自明なものとして認識するであろうし、また、昨今貨幣と交換され、消費される記号と化した〈行法〉=〈楽譜〉は、身体によって演奏されることなく、頭の中で単に概念的に操作されるものへと変質する。しかし、tantraの思想やそして雑密、オリジナルなシュラマナ(shramana:勤め励む人、沙門)は、それが本当に生きてあるならば少なくとも、こうしたシステムの〈外部〉であり続ける要素を保持し続けるだろう。近代という身体がそのシステムを形成する過程で〈外部〉へと排除し、或いはシステムの内部においても徴(しるし)を付けて差別されてきたのは、一つにはこうした数量還元の難しいもの・組織権力によって制御不可能なもの・狂気・放浪性・両義性の象徴とも言えるtantra、aghora、そして雑密の行者(例:ヴァーラーナスィーのKinaram Aghoriや日本の役行者)であったし、チャンダーリー(Candali)やマータンギー(Matangi)と呼ばれる不可触選民達が、強力な呪力を有する存在として崇められてきた(日本密教に伝わる薬師如来の真言'おん ころころ せんだり まとうぎ そわか(Om huru huru Candali Matangi svaha.)'はそれを傍証している)。彼らは不浄や病や被差別を担うものであるからこそ不浄を受け取ることができ、更にこれを浄化し、病を人々に代わって代受する聖性を持つと信じられたのであり、それ故〈聖なるもの〉であった。殊更これを逆から言えば、何であれ組織権力に対し意識的に癒着する者は、それが僧侶、出家と呼ばれたとしても最早、本来的な〈聖性〉とは無縁であることだろう。

井口賢匠(Shivanada)氏 プロフィール
1969年、新潟県生まれ。大正大学仏教学部卒。専攻梵文学(卒論『三昧についての一考察-Yogasutra第一章三昧品を中心として』)。1988年に観光渡印、1993年、四大仏蹟巡拝。1997年、1999年に各半年間、Uttarapradesh州の古都Varanasiにて、Tantraraja Bolanath  Mishra Maharaj Jiに師事し、Kaula派に入門する。Akhil Bharatiya Tantrika Samaja会員。整体師。埼玉県在住。