その15 排除、そして聖なるもの

 ある日の夕方、アーシュラマのお手伝いが一段落して(昼間、わたしはアーシュラマの一室を借りて滞在者に整体の無料施術をしたり、アーサナ(*1)のセッションもしていました)、Maharajと、わたしと同い年のラマーシャンカルさん、そしてわたしの三人で、ミルク紅茶とサモサ(カリー味ポテトが入った三角形のスナック)をいただきながら、夕方のブレイクのひと時を過ごしていました。

 Maharajはおもむろに口を開きました。

 「われらは人々によって酷い悪事をはたらいていると思われているんだ。」

 それはどうしてしょうか?毎日、インド中からあなたを頼って大勢の人々が来ているではないですか、、、?

 「多くの人々がサーットヴィクな信仰を尊んでいるのは、お前も知っているな?しかし、われらターントリカは、〈女神〉のサートヴィクな面だけを扱うのではない。そして、お前も知っての通り、〈女神〉がわしら人間の世界に顕現してくるときは、ラージャスィク、ターマスィク、サーットヴィクという三つの存在相をもって現れてくる。もし、サーットヴィクな面だけを見ようとするならば、それは〈女神〉のごく一部に触れているに過ぎず、彼女の〈全体性〉の豊饒に到達することは出来ない。」

 ヒンドゥでは、信仰の仕方も、人間の性向も、食べ物も、およそあらゆるものを三つの性質カテゴリー、即ち、ラージャスィク(rajasik)、ターマスィク(tamasik)、サーットヴィク(sattvik)に分けて捉えます。今、それらについてわたしの恣意的な解釈(*2)を施せば、ラージャスィクは陽性で運動的、ポジティヴな性質を、ターマスィクはラージャスィクと対立する性質、つまり陰性で不活発、ネガティヴィティを表します。サーットヴィクはラージャスィク、ターマスィクの両方にまたがり、中性的、両義的、それ故に〈神聖かつ危険な境界性〉を表しています。

 「世の中に、我々を束縛する二極性のバランスを体現したサーットヴィックな人間なんてどれ程いると思うか?そのような優れた人間は今の世にあっては稀にしかい    
ない。実際、いるのは、積極的な人間/消極的な人間、または血の気の多い人間/無気力な人間、或いはまた支配欲の盛んな人間/支配されることを自ら求める受身の人間等々の二種類だ。或いはその二極を状況に応じて反復運動しているというのがほんとうのところだ。そんな人々が、い ったいどうやって、超越的なバランス、サーットヴィクな信仰をなしえよう?一方、われらのタントラが扱おうとするのは、この暗黒の時代、カリ・ユガ(kali-yuga *3)において、否応なくラージャスィク、ターマスィクのどちらかでしかありえない人間なのだ。

 「だから、われらが生きているこの暗黒の時代とは、タントラの時代なのだ。タントラの女神や神の姿を見てみるがいい。彼女らは実に恐ろしい姿を している。青黒い裸身、酩酊した眼、長い舌、伸び放題のざんばら髪、足元に転がる死体、これらは全て自然の、とりわけターマスィクなる側面であり、わたしたち自身の姿でもある。」

 「われらターントリカは、ラージャスィク、ターマスィクな存在相も在るがままに認め、まさにそれを通してダイレクトに女神のみ足へと至る修法も行う。が、しかし人々は自らの内のラージャスィク、特にターマスィクな領域を不浄といって恐れている。これがすなわち、人々がわれらを恐れる所以だ。」

 語り終わり、Maharajは沈黙しました。その沈黙は、人々の様々な願い―――それらは必ずしも清浄な動機であるとは限らない―――を、三十数年間正面から受け止めて来たことだろうと思います。そのような、ターントリカとしての在り方を、人々によって如何に不浄視され、忌避され、排除されたとしても。

 このように、ターントリカは不浄として共同体により強い排除を受けつつ、同時に浄として崇拝されるというジレンマに引き裂かれることを宿命付けられた存在です。じつは、このような両義的な顕れこそ、ほんらい〈聖なるもの〉を特徴づけるものであったことは疑い得ぬことです。共同体=共同幻想によって不浄と見なされ忌避されるものが、これまた共同幻想に埋め込まれた象徴回路を通し、浄であり、〈聖なるもの〉へと変容してゆくこと、また逆の変容もありうることを、わたし達は東西の多くの聖典、経典、説話、民俗資料、口承芸能の中に見ることができます。例えば、ブッダの場合でも、彼が不浄と見なされていたことを告げる次のお話(*4)―――。

 祇園精舎に留まっておられたブッダはある朝、托鉢のためにサーヴァッティー市に入って行かれました。その時、アッギカ・バーラドヴァージャという名前のバラモンは火に供物を投じてお祈りをしていましたが、ブッダがこちらに近づいてくるのを知ってこう呼びかけれました。

 「ムンダカよ、その同じ場所に〔じっとしていろ〕。サマナカよ、その同じ場所に〔じっとしていろ〕。ヴァサラカよ、その同じ場所に〔じっとしていろ〕。」(Vasala Sutta,松涛誠達博士訳)

 ムンダカ(mundaka)とは、「剃髪した者」、吾が邦の上品でない言葉でいえば、「○げ」ということになるかも知れません。即ち、このお話の中でアッギカ・バーラドヴァージャは、ブッダに向かって「オイ!○げ!こっちにくるな!」と蔑視と嫌悪の感情をこめた言葉を投げかけて近づかれることを拒否しています。また二番目の呼びかけであるサマナカ(samanaka)は、沙門=非伝統的な出家修行者です。四姓制度の〈外部〉に逃れた出家修行者はやはり社会的な責任と義務を放棄した者として、不浄視されたのです。最後の呼びかけに出てくるヴァサラカ(vasalaka)は賎民を意味する言葉のようです。ここに現れてくるブッダは、明らかに当時のインド社会から不浄視された危険人物だったのです。

 頭髪を剃り、土色の襤褸布をまとい、さびしい死体遺棄場を瞑想の場とし、家を持たず乞食をして放浪する歴史上のブッダ。いっぽう、蓮の上に結跏趺坐し、金色にまばゆく輝くエナジーと、この上ない清浄さで理想化されてきた救世者としてのブッダ。何であれ〈聖なるもの〉は、わたし達の前に、この浄/不浄という二つの相貌を持って顕れくる、このことが人間や宗教を理解する上で極めて重要です。

 権力者や商人の巨大な財力に多く拠った、金色のブッダのイメージをいま一度括弧に入れ、いま一度この歴史上のブッダ―――剃髪し、襤褸布を纏って食を乞う姿は不浄・危険を表している―――を想像してみるとき、わたし達のこころはどのように反応するでしょうか?ある日の朝、このような人が、食を乞う鉢を持ち、家の玄関に無言で佇んでいるのを見たら・・・?きっと、わたし達のこころは説明不可能な心許なさ、身の置き所のなさ、不安、戦慄にこころ打たれることでしょう。マレビト、異人、アウトサイダーとしてのブッダ。インドの人々が、こうした姿に身を窶した方に対し、自ら進んで喜捨をするのは、彼らが〈聖なるもの〉だと確かに信じられているからでした(『カーシー・パーガル』参照)。伝説では、ブッダになる前の王子スィッダールタ(Siddhartha)は、王宮からこっそり逃走し、カースト制度の〈外部〉へと入ってゆきました。つまり、カースト制度で定められた社会における義務と責任を一切放棄して、所謂アウト・カーストになったのです。カースト制度の〈外部〉、アウト・カーストの領域は、人間の社会との間に境界を設けられ、強烈な不浄視と排除を受けていました。これらの不浄視され、排除された人々の交通の場である廃墟、死体遺棄場、岩山の洞窟、ジャングルにブッダもおられたといいます。フレイザーは、『金枝篇』の中で、未開社会においては、聖なるものと不浄なるものの区別は存在しないと言い、R・オットーも『聖なるもの』の中で、〈聖なるもの〉を近寄り難い、身の毛もよだつ戦慄を伴う恐ろしい性格を有しているもの、と定義しているのは、全く的を得ているのです。

 これ迄、わたし達は、じつに様々なものを畏怖してきました。畏怖されるもの―――病気、老い、死体、血液などの体液、排泄物、裸体、過剰に過ぎる美、毛、穴、空洞、腐敗したもの、共同体に混乱を齎した罪者、子ども、浮浪者、ベガー、アウトカースト、遊行芸能者、独身者、ジャングル、滝、(氾濫する)自然、河原、橋、坂などその他境界的なものなど数え上げればきりがありませんが、こうしたものやことを、わたし達が何とかして目に見えないように隠し、隔離し、抑圧し、排除し、時に処刑などの集団的暴力を契機に、法=秩序といった権力のシステムがわたし達の前に現れてくる。裏を返せば、秩序が生まれてくるときには、必ずやそこに、わたし達にとって〈畏怖されるもの〉が、秩序の〈外部〉に「犠牲の羊」として放擲されている。この放擲の身振り手振りをシンボルを用いて形式化し反復せられることが、いっさいの〈儀礼〉に共通な構造なのでしょう。

 いま一つ、キリスト教のミサを例にとってみましょう。イエスがゴルゴダの丘で処刑される前夜、あの有名な『最後の晩餐』が行われましたが、その時、イエスはワインとパンを、ご自分の〈血と肉〉として十二使徒に分け与えた後、こころに幾許かの動揺を孕みつつ―――この部分にわたしはとても感動するのですが―――処刑に臨みます。刑吏達がやって来た時、身命を捨ててイエスを助けようとした使徒は、悲しいことに一人としておりませんでした。あれだけ師を愛することに自信を持っていたペテロですら、イエスの予言通り「わたしはこの男を知らない」と三度嘘をつき、信仰に躓(つまづ)いてしまいます。その意味では、イエスこそが親しい人全てに裏切られ、全員一致の集団暴力を受けて殺害された「犠牲の羊」だったのです。〈キリスト教〉という壮大な神学・信仰において、処刑されたこのイエスの死がとても重要な意味を持っていることは、ミサにおいて信徒達がパン=イエスの肉を共食すること、それによって永遠の命に預かることを確かめ、それが幾度も〈反復〉されるといことで了解されるように思います。

 わたしはこのエッセイのプロローグで、インドのターントリカやアゴーラなど、不浄視・差別・忌避・排除をされる人々が、実はコスモスである社会を〈外部〉から支えつつ、同時に宗教性のプリミティヴを生きているのだ、というような意味のことを申し上げました。そのように申し上げましたのは、わたし達が否応なく生き、呼吸している近代において、〈聖なるもの〉と呼ばれ、また信じられているものが、本来のものとは大きくスライドしてしまったのではなかろうか、またそのことを〈聖なるもの〉を声高に宣伝する人々も果たしてお気づきになられているのだろうか、ということを指摘したかったからでした。かくして、わたし達は、〈聖なるもの〉とは本来なんだったのかを見失った時代に既に生きてしまっているのでしょう。

 人々の罵声に耐えつつ重い十字架を背負い、ゴルゴダの丘まで足を引きずりつつ登ったイエス、バラモンに怒鳴られ、近寄ることを激しく嫌悪されたブッダの姿は、わたし達のこころに、再び、何を語りかけてくるのでしょうか。

 近代という偏見に拠らず、時空を超えた〈聖なるもの〉を再び新しく見出す旅の、ひとつの糸口がそうした想起のなかにあることでしょう。


(*1)アーサナ(asana)は本来、seat(座処、座具)であるが、密教色が濃いハタ・ヨーガ(Hatha-yoga)の文脈では、行法の際に用いる様々な体位を意味している。そこでは、我々が生きている間、身体がまさに純粋精神(purusha)の座処であり、真我(atman)の寺院であるという思想に貫かれている。いっぽう、吾が邦において「ヨーガ」といえば、多くの人は一見体操に似た、このアーサナのことを想起するであろう。また「ヨーガ」が健康法の一種であると考えるであろう。しかしそれは全くの誤解である。また、「ヨーガ」には様々な方法論が存在し、ヨーガ史中、ハタ・ヨーガは最も新しく成立したものであり、アーサナはその、ハタ・ヨーガがカヴァーする思想のごく一部を形成しているに過ぎない。つまり、アーサナという断片だけでは「ヨーガ」と称することは難しい。(『ヨーガ』参照)
(*2)これら三つの分類概念は六派哲学の一、カピラ(Kapila)のサーンキヤ学派(Samkhya-darshana)に由来し、後代のヒンドゥや、後期密教に大きな影響を持ってくると考えられる。ラージャスィク(rajasik;サンスクリットrajasikaのヒンディ語訛り)以下、三つの存在相を枚挙を受けて、「三」という数で示される構造には、ブラフマー、ヴィシュヌ、マヘーシャというトリニティや、後の仏教イコノグラフィーでは、例えば〈阿弥陀三尊〉といった表現形式へと関係を持っていったであろう。
(*3)ヒンドゥでは、世界のサイクルを四つの期(yuga)に分けて捉えている。即ち、(1)サティヤ(satya)、(2)トレータ(treta)、(3)ドワパラ(dvapala)、(4)カリ(kali)であり、現在わたし達が生きているのは(4)の暗黒期(カリ・ユガ)であると人々に信じられている。これら各四期には、人間の能力、寿命などが各々異なるので、信仰のあり方も当然その時代に適したものとなるという。暗黒の時代=カリ・ユガでは、タントラの方法で特殊な神々が礼拝されることで成就が得られやすいと教えられている。現代において、ヴェーダ時代の神を祀る寺院はインドで極めて稀れであるのも、こうした信仰の反映だと考えるタントラ信仰者が多い。吾が邦でも平安末期に生きた人々の間では、彼らの世が「末法」であるという信仰が興起し、阿弥陀仏の行願に願いを託す浄土教が流行したが、この末法思想に、ヒンドゥも呼応していたかのようである。
(*4)〔参考文献〕『仏教者たちはこうして修行した―わたくしの釈尊論』(松涛誠達著 浄土選書)

井口賢匠(Shivanada)氏 プロフィール
1969年、新潟県生まれ。大正大学仏教学部卒。専攻梵文学(卒論『三昧についての一考察-Yogasutra第一章三昧品を中心として』)。1988年に観光渡印、1993年、四大仏蹟巡拝。1997年、1999年に各半年間、Uttarapradesh州の古都Varanasiにて、Tantraraja Bolanath  Mishra Maharaj Jiに師事し、Kaula派に入門する。Akhil Bharatiya Tantrika Samaja会員。整体師。埼玉県在住。