トップページ出羽三山倶楽部作法>瀧打ちについて(甑岳聖海) 

 
瀧打ちについて(甑岳聖海)

「瀧打ちほど自然との一体感を味わえるモノはないでしょう」
そういう言葉に、瀧打ち未経験の私は、何か暑い胸騒ぎを感じました。

平成5年に羽黒の峰行に初参加して以来、今年で丁度十年目を迎えました。毎年、行中には多くの方と出会います。その方々がどの様な事を実践しているか具体的に伺った事はありません。今年はホームページでの問いかけもあり、行仲間から瀧打ちについて聞いて回る事にしました。

瀧打ちは、高尾山の琵琶瀧での作法が次第書として売られている事もあり、多くの方がこの作法に倣っている様でした。そうした中で、比較的オリジナルな形で行っている方お二人から、作法を教えて頂く事が出来ました。

先ずは、新潟県の八海山を行場としている先達さんの作法です。

〇まず脱衣場で衣服を脱いだ後に以下の順で体を塩で清めます。
左肩→右肩→腰→両足→陰(臀部)
※臀部は瀧から頂く気が途中で漏れる箇所でもあるので、
「エィ」と気合を入れて塩を打ちます。
そうして、気を漏らす事なく受ける器を作るのだそうです。
〇振り返り門(入口の結界)の左右に盛塩をします。
〇瀧に向かい、「ア・バン」と唱えながら以下の順で掴んだ塩を投げ入れます。
右→左→中央
〇護身法をして心経一巻を唱えます。
〇九字を切ります。
※九字は「妙」の字を書くのだそうです。
〇沢側から瀧に近付き瀧に向かい、以下の順に水をかけます。
右肩→左肩→頭(テッペン及び後頭部)→腰→足→胸
〇左足で一歩踏み出し、次に右足を踏み出し右半身を瀧に入れ、
最後に左足踏み入れると同時に、体を後ろ向きにさせ滝に当ります。
※この際に瀧は右肩から後頭部、そして頂きへと当てていくのだそうです。
〇瀧を頂いている最中は外縛印の両人差指の間に錫杖を挟み、
禊払いの祝詞、六根清浄、心経、諸真言を唱えるという事です。
〇瀧から出た後は瀧に向かって九字を戻して作法を終えます。

次はアルピニスト系の先達さんの作法です。この方は富山県大岩不動の通称・六本瀧によく瀧を貰いに行くという事です。極めて簡易な作法です。

〇瀧に向かい合掌した手を丹田に置き、気持ちが落ち着くまで心経を唱えます。
〇九字を切ります。
※九字は刀印で「九」の字を切るのみで、
二画目に右から左へ切る際に「エィ」と気合を入れます。
九とは陽の満ちる数ですので、なるほどと思いました。
〇瀧に入りますが体への当て方は以下の順です。
右肩→肩中央→首→百合
〇丹田で合掌して不動真言を七反唱えた後に出ます。
〇以上を6本全ての瀧で行い、最後に最初の瀧に戻り行います。
※合計7本の瀧を打ち、真言は合わせて49回唱える事になると言うのですが、
49回という数字が何を表すのかは分かりません。

オリジナルの方法で瀧打ちを行っている方は、他にもいたのですが尊大な方だったので、聞くのを辞めました。その他数人の方も琵琶瀧の作法に倣っていました。その中でも面白かったのは、一升の酒を浴びてから瀧に入るという真言宗の僧侶の方です。そうして瀧に宿る天部たちの障りを払うのだそうです。この場合、酒はビンではなく紙パック入りのモノを使うと、割れるなどの危険やゴミとして持ち帰る際に楽だと云う事です。

大抵の行場の瀧には先達さんがいて、新参の行者の指導をしてくれるという事です。そうした先達の方は、だいたいその行場に現れる時間が決まっており、不動などの仏を降臨させるのだそうです。

冒頭でもふれましたが、ほとんどの行者さんが言う事は、瀧打ちの魅力は自然との一体感に尽きるという事です。頭から全身に瀧を浴び、自然と渾然一体となり、体を浄化させ、気を頂く爽快感は素晴らしいものなのでしょう。

東洋医学に精通した行者さんは次ぎの様な事を指摘して下さいました。足から水に入り頭に水を浴びる事は次の様な意味を持つというのです。足には湧泉というツボがあります。足をまず刺激する事で気の逃げ道を作るのだそうです。そして百会という頭のツボに瀧を受け、気を足の湧泉へと経絡を通し流すというのです。この事は新潟の行者さんが臀部から気が抜け易いので塩で気合を入れると言っていた事と符合する処があります。

瀧打ちは、その行場の自然環境によって作法がある様です。また行者によって、鍛錬であったり、清浄であったりと、その主眼とする目的が違っています。しかし、そうしたズレが重なり合う部分から、その本質とする処が浮かび上がってきます。瀧に古来より行者たちが集い、その迸るエネルギーから験力を得てきたのです。作法云々というより、瀧打ちの眼目は、瀧を通して行場全体の気をダイレクトに受ける事で得られる自然との一体感であると言えるのではないでしょうか。